アーグラ
アーグラ市街
概要
アーグラはアグラとも表記され、デリーから約180km南の位置にあり、ウッタル・プラデーシュ州に属する都市である。
アーグラの歴史は古く、古代インド叙事詩「マハーバーラタ」に Agravana(アグラヴァナ)として記載されており、また、クラウディオス・プトレマイオス(127-160年頃)の作成した地図にはAgaraとして記載されている。
現代につながる都市になったのは1475年。ラージャ・バダル・シンにより都市が築かれ、ムガル帝国第3代皇帝アクバルのときに、この地を首都とした。
アーグラへの行き方
市街中心部から9kmの場所に、アーグラ空港(ケーリアー空港とも)があり、エアーインディアがデリー、カジュラホー、ヴァーラーナスィーから就航しているが便数は少ない。
主な駅は、アーグラ・カント駅(Agra Cantt R.S.)とアーグラ・フォート駅(Agra Fort R.S.)とがある。
アーグラマップ
タージ・マハル
タージ・マハルの概要
タージ・マハル(Taj Mahal)はムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが1632年から22年の歳月をかけて建設した王妃ムムターズ・マハルのための墓廟建築である。
シャー・ジャハーンはヤムナー川を挟んでタージ・マハルの対岸に、黒大理石を基調とした自分自身の霊廟を建設しようとしたが、息子で第4代皇帝となったアウラングゼーブが兄弟間の後継者争いに勝ち、シャー・ジャハーンをアーグラ城の「囚われの塔」(ムサンマン・ブルジュ)に幽閉したことにより、その建設は中止となった。 シャー・ジャハーンは死後、タージ・マハルに葬られたムムターズ・マハルの棺の隣に葬られた。
その後、タージ・ハマルはムガル帝国の衰退とともに荒廃したが、イギリス統治下の19世紀末に大幅に改修され今日の姿となっている。
観光データ
金曜日
6:00~19:30
Rs250+Rs500(ADA)
アーグラ城
アーグラ城の概要
アーグラ城(Agra Fort)は、皇帝アクバルにより1565年から1573年にかけて建設され、その後の2代の皇帝もこの地を居城とした。第5代皇帝アウラングゼーブ は兄弟間の後継者争いに勝つと、父帝シャー・ジャハーンをこの城の「囚われの塔」(ムサンマン・ブルジュ)に幽閉すると、デリーにて即位し遷都された。
アーグラ城の外壁は赤砂岩を主体に作られているため、全体的に赤くなっており、その為、「赤い城」(ラール・キラー)と呼ばれることがあるが、一般的には、「赤い城」(ラール・キラー)というと、デリーの城塞を指す。尚、内部は白大理石で作られている。
現在敷地の75%は軍用地となっており、全ての遺構を見ることはできない。
1983年に世界遺産に登録された。
観光データ
無休
日の出から日没まで
Rs250+Rs50(ADA) ビデオ持ち込み料Rs25
ファテープル・スィークリー
ファテープル・スィークリーの概要
ファテープル・スィークリー(Fatehpur Sikri)はアーグラから南西37kmにあるムガル大国第3代皇帝アクバルによって建設された城跡である。
アクバルは子に恵まれなかったが、この地に住むイスラム教の聖者シェーク・サリーム・チシュティーが王子誕生の予言をし、その翌年に実際に王子が誕生したことから、1574年にこの地に城を築き遷都した。
しかし、水不足からわずか14年でこの地は放棄されてしまった。
1986年に世界遺産に登録された。
観光データ
無休
日の出から日没まで
Rs250+Rs10(ADA) ビデオ持ち込み料Rs25